グローバル科学トピック:008
May, 2009
カーナビが使えなくなる!?:GPS衛星の危機
原子時計に光速普遍の法則、相対性理論を利用した3次元測位。…GPSの仕組みを知る!
皆さんのおうちにあるクルマには、カーナビがついてますか?日本は世界で名だたるカーナビ先進国です。世界に流通しているカーナビ製品の、なんと9割までが日本製と言われていますから、まずはカーナビの製造国としてダントツNo.1ですし、一般車両への普及率もその他の国々とは比べものになりません(諸外国では、いまだに時々タクシーや救急車などの公共車両に「ついていることがある」程度だそうです)。
そんな、現代日本人にとって欠かせないカーナビが「来年以降、使えなくなるかもしれない!」という非常に気になるニュースがアメリカで報道され、ちょっとした騒ぎになっています(5月19日付けPC World Business Center:「GPS System Could Begin to Fail Within a Year」)。
カーナビは、GPS(全地球測位システム)を利用し、地球の上空2万キロ、約12時間で地球を一周する“準同期軌道”上に現在27個ほど飛んでいる、“NAVスター”という人工衛星からの信号をもとに、走行中のクルマの位置を割り出しています。ところが、この人工衛星の多くは、すでに耐用年数を過ぎており、来年以降、徐々に使えなくなることが明らかになったのです。
えっ?でも、27個もあるなら半分くらい故障したって大丈夫じゃない?
そう思われた皆さんの疑問はごもっとも!ですが、GPSを利用して地球上のどこか1点の場所を特定するには最低4つの衛星が必要です。それを全地球規模、世界中どこでも利用するためには、最低24個の人工衛星が必要なのです。というわけで、まず始めにGPSの仕組みを詳しく見ていくことにしましょう。
アメリカ空軍が開発したGPS
GPSシステムは、アメリカ空軍が開発しました。…と言えばおわかりの通り、当初は、兵士が戦地で自分の居場所を把握するため、またミサイルを敵の基地に正確に誘導するためなど、戦争の道具として開発されたものでした。実際GPSを使うと、地球上のどこからでも、緯度・経度・高度ともに、数十センチほどの誤差で特定することができます(スゴイことですね)。
GPSを利用して地球上のどこかで現在位置を割り出すためには、2つのものが必要です。1つはNAVスター衛星、もう1つは地表上で使うGPS受信機です。では、そのなくてはならないNAVスター衛星が宇宙空間で24時間休むことなく行っている仕事とは一体なんでしょう?…実は驚くほど単純です。それは、
- 高度2万キロの上空から、延々と現在時刻の情報を、
- 電波に乗せて送り続けること!
…えっ?時間を知らせる?それだけ?あ、いえ、もちろん他にも色々仕事があるのですが、こと私たちが利用しているナビゲーション機能の実現に関しては、主に時刻を送信するだけです。といっても、その時刻情報たるや、セシウムやルビジウムといった金属原子の性質を利用した時計(10万年に1秒しか誤差が出ない超正確な原子時計!)を使った、完全無欠、比類のない時刻です。
というわけで、ではその時刻情報とナビゲーションがどうかかわっているのか?を見ていきましょう。
GPSが場所を特定する仕組み
仮に今、アフリカにいるAさんがGPS受信機の電源をオンにし、1個のGPS衛星から発信された時刻情報が受信機に届いたとします。受信機の中にも時計が内蔵されているのですが、天空から送られてきた時刻と受信機に内蔵された時計が示す時刻は、正確には一致しません。なぜでしょう?
それは、衛星から発信された電波が地球に届くまでに時差があるからです。前回の記事でもご説明した通り、電波(=電気=光)の伝達速度は、秒速30万キロです。ということは、たとえば正確に頭上2万キロの位置に衛星があったとして、そこから発信された電波が2万キロの距離を経て地球に届くまでには1/15秒の時間がかかる(=時差が生じる)ということです。そんな小さな差!ではありますが、受信機に内蔵されたマイクロプロセッサは、その誤差を検知します。
電波に乗って送られてきた時刻に誤差が生じたのなら、その誤差(1/15秒)に電波の速度(秒速30万キロ)をかけてやれば、時刻の発信された場所までの距離(=2万キロ)を逆算できますね(わかりますか?)。これで受信機の位置は1つ目の衛星を中心にした、半径が等距離の円球上のどこかにあることがわかりました(図解1)。
さて、受信機は次に、最初の衛星とは別の軌道上を飛ぶ2つ目の衛星からも時刻を受け取ります。すると、その衛星までの距離も逆算できますので、受信機のある位置は、衛星からの距離を半径とする2つの球面が交わる円面上のどこかにあることがわかります(図解2)。
同じように3つ目の衛星からの電波を受信し距離を逆算すると、ついに3つの球面が交わる1点が導き出されますので、受信機のある場所が正確にわかる、のです(図解3)。
このように、地球上のどこか1点の緯度・経度・高度を導き出すためには、理論上、最低3つのNAVスター衛星からの信号が必要なことがわかりましたが、実際のGPSでは、最低4つの衛星からの信号を使った処理を行っています。その理由は… 主にお金です!
衛星に積んでいる正確無比な原子時計はとても高価なため、GPS受信機には私たちが日頃使っている腕時計に入っているのと同じクオーツ(水晶発振式)時計が内蔵されているのですが、原子に比べ、水晶では精度が低すぎて、正確な時刻・距離が計算できないのです。そこで実際のGPSでは、緯度=知りたい未知数1、経度=未知数2、高度=未知数3に加え、正確な時刻を未知数4に設定した連立方程式を作り、4つの衛星からの信号と4つの連立方程式から、正確な時刻を含む4つの未知数すべてを算出して精度を高めているのです(…ちょっと難しいですか?難しいですね。ホントはさらにもう少し難しいのですが、ここでは省略します)。
24個のNAVスター衛星は、24時間稼働中
さて。上の例ではアフリカにいるAさんの居場所を、3つのNAVスター衛星でつきとめることができました。ですが、もしも衛星が図3に描かれているように3つしかなかったとしたら、地球の反対側にいる人たちはGPSを利用することができません。
そこでGPSでは、地球全体を取り囲む6つの軌道を設定し、それぞれの軌道上に4つのNAVスター衛星を配置しています。つまり、地球のどこからでもGPSを利用できるようにするためには、6つの軌道×それぞれ4つの衛星=合計24個の衛星が必要なのです。逆にいえば、万が一、NAVスター衛星が相次いで故障し、衛星の数が24個を下回ってしまうと、地球上のどこかの地域でナビが使えないという緊急事態!が発生してしまいます。
冒頭で述べたように、現在は予備を含めて27機のNAVスター衛星が地球上空2万キロの軌道を周回しています。そして、このNAVスター衛星の寿命は、およそ7年半なのだそうです。そこで、アメリカ空軍ではGPS機能を維持するために、今までひっきりなしに新しい衛星を打ち上げ、古くなった衛星と入れ替えてきました。
ところが、このほどアメリカ政府の監査機関が調査したところによると、空軍はここ数年、新たに設定された規定の予算内でNAVスター衛星を製造することができず、もう3年も前から予備衛星の補充が全く行われていないのだそうです。そしてこのままでは、早ければ来年にも古くなった衛星が徐々に故障し始め、GPSを稼働させ続けるために必要な最低数=24個を割り込んでしまい、GPSの機能が停止もしくは低下することが避けられない!としています。一体どうなってしまうのか心配ですねぇ…。
アメリカ空軍からの返答
…と、この記事を準備していましたら、当のアメリカ空軍からの “回答”が報道されました。それによると、監査機関の発表で27機とされていた周回中のNAVスター衛星の数は、実際にはまだ30機以上あり、この8月9日、10日の二日間に渡り、追加の衛星を打ち上げる計画が進行中なので「心配ありません」とのこと。
地方への遠征時にはいつも、キャラバン号のカーナビのお世話になっているキャラバン隊としては、この続報にちょっとホッとしたものの、『そもそも3年前に打ち上げるはずだった補充衛星を今まで放ってきた空軍の計画なので、そのまま鵜呑みにはできない』と厳しい論評も書かれており、今のところ本当に安心して良いのかどうか、正直、イマイチよくわかりません。とりあえずは、8月に無事計画通りNAVスター衛星が打ち上げられることを祈りましょう!
GPS System Could Begin to Fail Within a Year(英文)
Air Force Responds to GPS Outage Concerns(英文)
グローバル・ポジショニング・システム(ウィキペディア)
このままではGPSが利用不能に?アメリカの政府機関が驚くべき報告を発表(GIGAZINE)
タクシー車内のカーナビの写真 by Paul Vlaar (GNU Free Documentation License1.2)、Navstar-2 GPS衛星のイラスト by US Air Force (PublicDomain)