グローバル科学トピック:短信
October, 2008
大型ハドロン衝突型加速器(LHC)が、まさかの故障...!
先月ご紹介した、欧州原子核共同研究機関(CERN)が誇る世界最強・最大の「大型ハドロン衝突型加速器(LHC)」による世紀の大実験に関する続報です。ジュネーブ郊外の地下100mで順調に試運転を終えたLHCは、その後、9月19日に機器トラブルに見舞われ、本実験の開始前にあえなく停止してしまいました(あぁ〜...)。
CERNのスポークスマンによれば、具体的な原因は『2つの磁石のあいだの電子接続がうまくいかず、機械の故障を引き起こし、ヘリウムが漏れた』とのこと。実験の再開は、来春の予定。えぇ〜!そんなに先の話ですか?という気もしますが、なにしろ一歩間違えば何が起こるか誰にもわからない全人類未踏の実験ですからね。慎重に修理して頂きたいと思います。また何か動きがあれば、こちらでご紹介いたします!
グローバル科学トピック:002
October, 2008
日本人科学者3人がノーベル物理学賞を共同受賞!
(2回シリーズ:第1回)
スウェーデン王立科学アカデミーは10月7日、今年のノーベル物理学賞を3氏に授与すると発表しました。
南部陽一郎氏(米・シカゴ大エンリコ・フェルミ研究所名誉教授)
photo by BetsyDevine(CC : Some Rights Reserved.)
受賞理由:「素粒子物理学と核物理学における自発的対称性の破れの発見(1961年)」
小林 誠氏(写真左)
(高エネルギー加速器研究機構原子核研究所名誉教授)
益川敏英氏(写真右)
(京都大学基礎物理学研究所名誉教授)
photo by KEK
受賞理由:「クォークが自然界に少なくとも3世代(6種)以上存在する事を予言する対称性の破れの起源の発見(1973年)」
受賞者枠3人の同賞を、日本人(→南部氏は米国籍ですが...)の科学者3人が独占した史上初の快挙!として、新聞やニュースで繰り返し報道されましたので、皆さんもご存知ですね?当グローバル科学トピックでは、今月と来月に渡る2回シリーズで、この日本が世界に誇る3人の偉人が「ノーベル賞を受賞した理由」を、(キャラバン流『超訳!』で、コナゴナにかみ砕いて!)解説いたします。
第1回目の今月は、1973年に当時28歳だった小林博士、33歳だった益川博士が共同で発表した、『クォークが自然界に少なくとも3世代(6種)以上存在する事を予言する対称性の破れの起源の発見』から、キーワードである「対称性の破れ」という言葉の意味にフォーカスして解説してみましょう。
「自発的対称性の破れ」のおかげで私たちが生まれた!
中学生の皆さんは、理科(科学)の授業で、物質は「原子」でできていることを習ったと思います。原子の中心にはプラスの電荷を持った「陽子(粒子)」とプラスもマイナスも持たない「中性子(粒子)」でできた「原子核」があり、その周りをマイナスの電荷を持った「電子(粒子)」が漂っています。この世に存在するすべての物質は、これら陽子(+)・中性子(±0)・電子(−)という「3種類の粒子でできた原子」が複雑に結合してできているのです。
ですが、これら全ての粒子に対し、プラス・マイナスの電荷(電気の量)が反対の「反粒子」と呼ばれるものがあります。※1
電子(マイナス)の反対で、プラスの電荷を持つ「陽電子」
陽子(プラス)の反対で、マイナスの電荷を持つ「反陽子」
プラスもマイナスも持たない中性子の反対で、やはりプラスもマイナスも持たない「反中性子」※2
※1自然に生成される「反粒子」は、現在の宇宙では非常に少ないです。
※2中性子も反中性子も電荷を持ちませんが、それでもこの2つは別々の粒子です。
「反粒子」なんて、ちょっとSF映画のように聞こえますが、実は本来、宇宙が始まった直後、これらの粒子が現れた時には、粒子と反粒子は宇宙の莫大なエネルギーから「必ずペアの状態」で生まれてきました(=対生成[ついせいせい])。またこうしたプラスとマイナスが必ず対になって現れる現象は、自然界に備わった「対称性」と呼ばれています。
ところがせっかくエネルギーが物質に姿を変えて現れた粒子と反粒子は、電荷が反対のために(+と−の静電気が引き寄せ合うように)お互いに引き寄せ合い、生成された途端に衝突して光(=エネルギー)となって消えてしまい(=対消滅[ついしょうめつ])、また対生成されて対消滅し、を繰り返してしまいました。
これはもともと電荷±0のエネルギーからプラスとマイナスの粒子・反粒子が生まれ、次の瞬間、引き寄せ合って衝突し、また±0のエネルギー状態に戻るということですから、自然界の完璧な対称性を考えれば、とても理にかなった現象です。
...でも、ちょっと待ってください。
せっかく宇宙のエネルギーから生まれた粒子(電子や陽子や中性子)と反粒子(陽電子と反陽子と反中性子)なのに、生まれたと思ったら衝突して消滅し続けていたのでは、いつまで経っても原子ができません!
冒頭に書いた通り、自然のものであれ人工のものであれ、私たちの身の回りに溢れている「物質」はすべて「プラスの原子核」の周りに「マイナスの電子」が漂う原子でできています。原子が生成されないと物質ができませんから、星も水も土も金属も大気もできません。つまり、私たちが知っている宇宙はできず、夜空に輝く星々や太陽、地球は作られず、従って人間や動物も生まれ得ないことになってしまいます。
小林・益川両博士の論文が予言したこと
小林博士と益川博士が共同で、「クォークが自然界に少なくとも3世代(6種)以上存在する事を予言する対称性の破れの起源の発見」を発表した1973年当時、クォークと呼ばれる物質の基本粒子は、3種類しか見つかっていませんでした。そこへ両博士はこの論文(=「小林・益川理論」)で、『いや、クォークは6種類以上あるはずだ』と、科学史上もっとも大胆な予言を行いました。
6種類以上あると考えれば、本来、宇宙の創生期に同じ数だけ生まれたはずの粒子と反粒子の対称性が破れる仕組み、そしてその結果として粒子だけが残り、私たちが知っているこの物質の溢れた宇宙ができた起源を合理的に説明できる、と言うのです。
当時、世界中の科学者が「そんなバカな!」と思ったようですが、その後、1995年までに両博士の予言した粒子は、すべて実験で見つかりました。また、小林・益川理論によって導かれる「対称性の破れ(「CP対称性の破れ」といいます)」も、2001年に実験によって正確であることが実証されました。